セクシーな間取り。
サラエボの宿。
一見ふつう。
こんにちは。地に足ついてない系フォトグラファーブログのみえこです。
インスタもやってます。
20180701
入り口がとっっっても分かりにくい今回の宿(らしき場所)に到着。
シアターを登る階段途中にある小さなピンクのドア、恐らくここだと思う。
一切看板が無いので、ドアのピンポン押すのも勇気が必要。
恐る恐るピンポン押すと、
チャーミングな女の子が登場。
サラエボね、ほんとに皆さん感じが良いんです。
さて、お部屋なんですが
ドミトリーもありましたが個室を予約しました。バスルームは共用です。
二人で泊まると個室の値段と大差ないことが多いですよね。
しかもね
お部屋はとっても素敵!!!
おーっきな窓があって、明るくて気持ちがいい。
個室だと色々気を使わなくていいからいいよね。
ただね。
この部屋に入るには、
一旦ドミトリーの部屋に入り、そこを通り抜けなきゃいけない。
もう一度見てみましょう。
↑左端のドアのすぐ向こうがドミトリー部屋w
上手く説明出来ないけど。とても気を遣います。
個室だと色々気を使わなくていいからいいよね。
↑前言撤回。
みんな大好きゆうじ画伯のイラストで図解します
もっと立体的に図解してみましょう。
ちなみに、ドミトリー部屋もおーきな窓があって、明るくてとってもおしゃれ。
ただ、このドミトリー部屋、初日は女子しか泊まっておらず、まるで女子寮みたい。
この女子寮を通り抜けなきゃいけないけど、
割と気にせず着替えするから、こっちが気を遣う。
そして
お気付きでしょうか。
手前の女の子、セクシーな状態ですよ。
でも、とっっってもいい人ばっかりですごく居心地がよかった。
結果、延泊した。
やはり泊まっている人によるのか、初日の子達がチェックアウトし、
別の宿泊者になってからはドミトリー部屋がすっっごく綺麗になっていた。
では、サラエボの街へ繰り出しましょう。
右隅にゆうじがいるよ
ちょっと歩けば、観光地の旧市街まで行くこともできるし、
なかなか便利な場所のようです。
ラテン橋
第一次世界大戦のきっかけとなったオーストリア皇太子が暗殺された場所。
そう、サラエボ事件のラテン橋。
エターナルフレーム
第二次世界大戦の犠牲者を慰霊する為のモニュメント
これは何だったっけ。
街のいたるところに銃痕が残ったままの建物がある。
そして、皆さん
「サラエボのバラ」ってご存知ですか?
街の至る所で地面に赤いペンキ後のようなものがあるのです。
街中でも見かけるんですが、市場にも ↓ 地面にバラ模様。
砲撃弾よる死者を出した爆発の跡を、後に赤い樹脂で埋めてあります。
爆発跡がバラの模様に似てるので「サラエボのバラ」と呼ばれてるんだって。
ここでかつて人が亡くなったという事です。
戦争の傷跡も多く、それを忘れないよう戦争の博物館もたくさんあるけれど、
反面サラエボの街自体は、とても賑やかで明るくて美しく、人が暖かい。
本当に本当に居心地がいい。
長年にわたり戦争と内戦を繰り返し経験してきたからこそ、
今度こそ良い国にする為にみんなで立ち上がろう!!!
という意識と団結力が非常に高いそうです。
とても、とても複雑な過去を持つ国の1つだと思います。
どう感じるかは人それぞれなので、ぜひググってください。
もうね、街行く人たちも、お店の人も今までの東ヨーロッパの国に比べると
明るくて社交的な感じ。
サラエボ、すごく好き。
ちょうど、ワールドカップの日本戦をやっていた。
日本対ベルギー
どう考えても地理的に日本よりベルギー応援してる人の方が多いだろうな…
だってここはフーリガンが多そうなヨーロッパ。
ゆうじとコソコソ通り過ぎる。
旧市街はトルコみたいだったよ。
時計の修理屋さん。
旧市街にあるサイン
ここは文化が交わる場所らしい。この白線から、
右側はオスマントルコの影響を受けた街並み
左側はヨーロッパの影響を受けた街並み
白線の右と左で街の雰囲気が違う。
...らしいけど違いがあまりわからず
ひとつ気付いたのは、
右エリアはモスクが多く
左エリアは教会が多い
でもね。
写真は撮ってないよ。
ぽんこつブロガーみえこ。
アニエス・ベーのでっかい腕時計。
政治家の税金の無駄使い額をカウントしているらしい…
ちなみにここで例の問題児バックパッカーがアイスクリームを食べながら歩いているのを目撃した。というか、老若男女のアイスクリーム率が非常に高い。
あ、最後に宿の情報も載せておこうと思います。
私たちが泊まった時は 一泊 400マルク(約2,700円)でした。
共用キッチンもあるよ
スタッフは全員感じがいい。
中には「宿の掃除なんかを手伝う代わりに無料でドミトリーに泊めさせてー」
と言って滞在しているアメリカ人男性もいて
彼は日本にも行って相撲を観戦する予定だと言っていた。
彼は正規のスタッフではないにも関わらず、
宿泊者みんなに感じよく声をかける働き者、何かと助けてくれていた。
2日目の夜に部屋の鍵が開かなくなり、夜中に二人揃って締め出しをくらった時も彼が颯爽と解決してくれた。
世の中には色んなスタイルで旅をしている人がいるんだね。
そして実は
トルコあたりから謎の咳に悩まされ続けたみえこ。
ベオグラードではいよいよ一度日本に帰ろうかなとまで思ったのですが
サラエボに来てからはちょっと落ち着いて来たので(空気が綺麗だからかな)
予定変更で、もう少しここで療養しようと思います。
次回は、サラエボの食べ物について。
書こうと思います。
ブログランキング参加しています。
下のバナーを一日一回押していただくと順位が上がる仕組みです。
毎日毎日お願いばかりで恐縮ですが
ポチッとしてくれると嬉しいです。